【防災】ダム緊急放流の課題と自治体の総合治水(事例研究)

<概要>
●台風19号で満杯になった水を緊急放流した6つのダムは、事前放流をしていなかった
●事前放流をしたのに雨量が少なかった場合は渇水のリスクがあり、利水者の事前合意が必要
●事前放流で下流の住民の避難が困難になったり、下流の水位が上がり被害が生じるおそれも
●国はダム再生ビジョンで事前放流などの取り組みを位置づけ
●流す・貯める・とどめる等の複合的な手法を組み合わせる総合治水条例
●防災貯水池や避難場所の設置を義務付けたり、浸水警戒区域を市街化区域に編入しない自治体も
<チェックポイント>
●緊急放流時の自治体への連絡体制と住民への告知
●河川の流下能力を増やす治水対策
●総合治水についての考え方
●一定規模の開発や浸水警戒区域に対する措置
<掲載事例>
●兵庫県、滋賀県、奈良県
●石川県小松市
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ダムの緊急放流と事前対策の課題
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 ●ダム緊急放流、事前の水位調節は実施されず
・台風19号で6カ所のダムが満杯近くになった水を緊急放流したが、事前の水位調節は6ダムとも実施していなかった。
美和ダム(長野県)、高柴ダム(福島県)、水沼ダム、竜神ダム(茨城県)、塩原ダム(栃木県)、城山ダム(相模原市緑区)。
・城山ダムのある相模川の支流では母子が亡くなったが、「放流と事故に因果関係があるとは思っていない」と県担当者。
・国土交通省は決壊を防ぐためやむを得なかったとの見解だが、対応が適切だったかどうか調べる方針。
●事前放流の実施と課題
・水害時には事前放流でダムの貯水容量を確保することはできないのかという議論が必ず出る。
・事前放流の実施体制を整えているダムは2018年7月で27ダム、2019年8月で51ダム。
一方で全国のダムは大小合わせて約3,000あると言われている。
・2019年1月~8月までに18ダム(のべ29回)の事前放流等を実施。
・2019年7月豪雨で緊急放流を行い被害を出した愛媛県の野村ダムでは、同年8月18日に発生した台風20号の際に事前放流を実施。
しかし、実際には予測ほどの降雨がなく、放流量を減らしたが貯水位が回復しなかった。
・水位低下後に貯水位が回復しなかった場合、その後は渇水になるリスクがあり、利水者の事前合意が必要となる。
・また、低い位置に放流設備がない場合は、水位を低下させることのできる高さに制約があり、
放流能力が小さい利水放流管等では、数日間で放流できる量に制約がある。
・こういったダムで効果的な事前放流を行うためには、放流設備の新設・増設や改良が必要。
●気象予測に基づいた洪水調節の課題
・気象予測によって洪水調節が可能ではないかという議論もある。しかし、その場合、予測と実際との乖離が課題。
・平成30年7月豪雨の際の野村ダムでは、各予測時刻の雨量予測は、その都度見直されるが、いずれも予測とjは乖離。
・さらに早い段階でダムへの流入量を精度よく予測できた場合、放流量を増やす操作も考えられるが、
その調整によって下流で浸水被害が発生し、避難行動が困難になる場合もある。
・また、予測が外れて中小規模の洪水だった場合、回避できたはずの浸水被害が発生してしまうおそれもある。
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国のダムや治水対策の取り組み
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●ダム再生ビジョン
・国土交通省は頻発する洪水・渇水の被害軽減や再生可能エネルギー導入に向けて、
既設ダムを有効活用する「ダム再生」を加速する方策を示す「ダム再生ビジョン」と「ダム再生ガイドライン」を策定し公表。
・ビジョンでは、ダムの長寿命化、施設能力の最大発揮のための柔軟で信頼性のある運用や高機能化のための施設改良など、
既設ダムの有効活用を加速するための方策をとりまとめ。
・事前放流や特別防災操作のルール化に向けた総点検、ダム湖への流入量予測精度向上等の技術開発・研究などが盛り込まれている。
●様々な治水対策の選択肢
・河道掘削(大和川:大阪府大阪市、堺市)
掘削により河川の流下断面を拡大し、河道の流下能力を向上。
・引堤(梯川:石川県小松市)
堤防の外側に新たな堤防を設置して川幅を拡幅し、河道の流下能力を向上。
・堤防のかさ上げ(荒川上流:埼玉県さいたま市)
堤防の高さを上げることによって、河川の流下断面を拡大し、河道の流下能力を向上
・河道内の樹木の伐採(手取川:石川県能美市)
河道内の樹木群を伐採をすることで、河川の流下断面を確保し、河道の流下能力を向上
・放水路(斐伊川:島根県出雲市)
新水路を設け、洪水流を分流することで下流の流量を低減
・遊水地(鶴見川:神奈川県横浜市)
河道に沿った地域に洪水流の一部を貯留することで、下流のピーク流量を低減
・既存施設の有効活用(鶴田ダム再開発川内川:鹿児島県薩摩郡さつま町)
洪水調節容量の増量や放流管の新設により、洪水調節能力を増強し、下流のピーク流量を低減
・排水機場(円山川:兵庫県豊岡市)
自然流下排水の困難な低い地位域において排水用ポンプを設置し、堤防を越えて強制的に内水を排水
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自治体の総合治水条例
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●兵庫県の総合治水条例
・流域対策等を含めた総合的な治水対策による武庫川河川整備計画の考え方を、全県的に広めて理念化するかたちで2012年に制定。
・「ためる」、「そなえる」、「ながす」を組み合わせた総合治水を推進。
また、1ha以上の開発行為を行う開発者等に対して「重要調整池」の設置を義務化。
・ためる:雨水タンクの設置、校庭貯留の実施など、ためる対策により東京ドーム約5杯分に当たる雨水貯留が可能に。
・そなえる:防災訓練や防災学習の実施、建物等の耐水機能の向上など。
公共施設11箇所で敷地嵩上げ、遮水壁、電気設備の高所設置等を実施。
民間施設でも指定耐水施設として所有者の同意を得た上で指定した場合、耐水機能の整備・維持を義務付け。
・ながす:河川改修、ダムの洪水調整機能、下水道の整備など。
●滋賀県の流域治水条例
・ながす:河川における氾濫防止対策
河道の拡幅等を計画的・効果的に推進、流下能力を維持するための河川内樹木の伐採等、当面河道拡幅等が困難な区間における堤防の強化。
・ためる:集水地域における雨水貯留浸透対策
森林および農地の適正な保全による雨水貯留浸透機能の発揮、公園、運動場、建築物等の雨水貯留浸透機能の確保。
・とどめる:氾濫原における建築物の建築の制限等
浸水警戒区域における建築規制(想定水位以上に避難空間が確保されているかを確認した上で許可)、
10年確率降雨で浸水深50cm以上の区域は市街化区域へ新たに編入しない、盛土構造物の設置等の際の配慮義務。
・そなえる:浸水に備えるための対策
避難に必要な情報の伝達体制を整備・市町への支援、宅地等の売買時に情報提供、水害に強い地域づくり協議会を組織。
・これまで浸水警戒区域に2地区が指定。浸水警戒区域内は宅地嵩上げ浸水対策促進事業もしくは避難場所整備事業により支援。
●奈良県の総合治水条例
・大和川流域における総合治水の推進に関する条例として2018年に制定。
・防災調整池の設置を必要としない小規模開発の増加、市町村による流域対策の低迷、
ため池の減少による保水力の低下、浸水被害の恐れのある区域における市街化区域編入などが背景。
・開発等にともなう防災調整池の対象面積を従来の3,000㎡以上から1,000㎡以上に強化。
・10年確率降雨で想定浸水深が50cm以上の市街化調整区域を市街化編入抑制区域に指定。
・総合治水の推進のため協定を締結し計画を策定。計画に基づく市町村の施策を支援。
●小松市の総合治水条例
・市街区域で1,500㎡、その他の区域で3,000㎡を超える開発行為を行う場合は、雨水流出抑制施設設置についての事前協議を行うことを義務付け。
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チェックポイント詳細
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・自治体内の河川上流にダムがある場合、緊急放流等の際に自治体への連絡体制はどうなっているか。
・自治体住民への緊急放流の告知はどのタイミングで、どのような方法で行われることになっているか。
・河川の流下能力を増やすことが水害を食い止めることにつながる。自治体内の河川でどのような治水対策が行われているか。
リスクの高いところから優先順位をつけて実施しているか。また、リスクは住民に知らされているか。
・ダムや河川整備だけに頼らない総合治水についてどう考えるか。総合治水条例を検討してはどうか。
・一定規模以上の開発行為に対しては、防災調整池を義務付けてはどうか。
・浸水被害の想定されるエリアは、市街化区域への編入を抑制したり、避難場所整備の義務付けや宅地かさ上げの補助を行ってはどうか。
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さらなる調査のためのリンク集
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ダム緊急放流後に川氾濫
https://www.fnn.jp/posts/00336870HDK
異常豪雨の頻発化に備えたダムの水調節機能と情報の充実に向けて
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/chousetsu_kentoukai/pdf/teigen.pdf
水害にどう立ち向かうのかー脱ダムの是非を問うー
https://www.jsnds.org/ssk/ssk_24_1_003.pdf

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